コラム

2017/04/21

意外と古い?仲人から写真花嫁までお見合いの歴史をひもとく

古臭いと一言で済ますには、あまりにも面白すぎるお見合いの歴史。結婚という大切な人生の節目を決めるのに、日本のお見合いは、時代に合わせて形を変えながら機能してきました。お見合いという結婚のシステムは、鎌倉時代にまでさかのぼることができます。

家と家とを結びつけるのが結婚の目的だった時代、恋愛をとおしてお互いを知り合うようなチャンスはありませんでした。お見合いは、結婚前の男女がお互いの存在を知るための大切な手段だったのです。昔ながらの結婚スタイル、お見合いの歴史をひもときます。

鎌倉時代にまでさかのぼるお見合いの歴史

鎌倉時代よりもっと昔の結婚は、男性が女性の家へ通ったり、住んだりするというものでした。子どもが生まれたら母親の家で育てる、いわゆる母系社会です。時代の変化とともに、武家が台頭し、家の中心が男性になってくると、今度は女性が男性側の家へ入るようになっていきます。鎌倉時代になると、家の格式が重んじられるようになり、結婚もその格式のなかに取り込まれるようになっていったのです。

そうなってくると、当人同士の意思で固まっていたそれまでの結婚は通じなくなってきます。当時の結婚は、当人同士の思いはまったく関係なく、家同士の結びつきが優先されるようになっていきました。格式ある家柄であるほど、結婚に求める家と家との結びつきは重要で、いわゆる政略結婚はごく一般的なことになります。お見合いは、そうした結婚の形に伴って生まれたシステムです。

江戸時代に広まった庶民のお見合い

江戸時代、幕府が開かれたり、参勤交代で人の移動があったり、江戸の人口は急激に増えましたが、その多くは独身男性でした。江戸の町には、職を求めて地方から働きに出てきた独身男性があふれていたのです。江戸は女性の少ない社会だったので、そうした独身男性は結婚したくても出会いのチャンスがありません。そのため、彼らの結婚相手を探すために、庶民の間にもお見合いが広まったという説があります。

また、比較的おおらかだった庶民の恋愛事情に、徐々に武家の習慣が根付いていったのもこの時代です。庶民の間でも結婚前に男女が会うことは不謹慎とされ、自由な恋愛が許されなくなるようになると、結婚相手を探すシステムとして、お見合いは急速な広がりを見せます。家長制度が確立、家という枠組みがより重要視されるようになり、結果として結婚もその一部になっていき、お見合いが結婚を決める一般的な手段となっていったのです。

中に立つ「なかびと」で仲人

 

仲人の歴史もお見合い同様に古く、始まりは、若い二人を将来にわたってサポートする後見人のような役割でした。それが後年になり、遠くにある家同士の結婚話が出てくると、家と家との間に立ってさまざまなお膳立てをする役割が当てられるようになっていきます。家と家との中に立つ「なかびと」が転じて「仲人(なこうど)」と呼ばれるようになったとか。

現代のカジュアルなお見合いでは省かれることも多い仲人。でも、正式なお見合いの席なら、当人たちと双方の親にプラスして、仲人を立てることもあります。この場合の仲人は、実際に当人たちを引き合わせた人である必要はなく、任意の夫婦にお願いすることが多いようです。会社の上司夫妻だったり、親が懇意にしているそれなりの立場にある夫婦だったりします。

仲人はお手本になる先輩夫婦

現代のお見合いでそうした夫婦に仲人を依頼するのは、若い二人のお手本になるような結婚生活を送っているから。あやかって幸せな結婚生活が送れるようにという願いが込められています。また、仲人の始まりのときの役割と同様、将来にわたって結婚した2人をサポートしていくといった意味合いもあります。

仲人は結婚式の席にも同席します。結婚式の金屏風の晴れがましい席に実の親が立つことを避けるためでもあるようです。そのため、親は、仲人に若い2人を託します。結婚式の間はもちろん、式が終わってからも一生、公私にわたる長いお付き合いが続いていくのが本当の仲人です。

海を渡った写真花嫁

結婚式の当日まで、お互いの顔を見ることさえできなかった昔のお見合い結婚。その最たるものは、「写真花嫁」と呼ばれる日系移民のお見合い結婚ではないでしょうか。江戸時代が終わり鎖国も解かれ、海外へ目が向けられるようになってから、多くの日本人が新天地を求め、世界へ旅立っていきました。なかには単身のまま、夢を求めてアメリカやブラジルへ移民として渡った人たちもいます。

新天地での生活も落ち着き、将来が見えてくると気になるのが将来のパートナー。でも、当時、海外へ渡るのは独身男性がほとんどです。妙齢の日本女性をその地で探すのは至難の業でした。しかも、まだまだ気軽に海外を行ったり来たりできるような時代でもありません。そこで、彼らの花嫁を決めるために行われたのが「写真花嫁」と呼ばれるお見合いシステムです。

運命を決めた1枚の写真

海外へ出た一族の独身男性の結婚相手を探すのは、日本に残った家族でした。海外へと嫁ぐことに依存のない、健康な若い女性を選び、1枚の写真を撮ります。それは、海の向こうで暮らす男性へ送られ、花嫁選びの大切な情報源となったのです。花嫁候補の写真は、実際に会うことなく、お互いの結婚の意志を固める唯一のよりどころとなりました。

こうしてたった1枚の写真で結婚が決められ、写真花嫁と呼ばれる人たちは、日本を発つ前に入籍することがほとんど。というわけで、お互いの顔を見るのは結婚式当日どころか、入籍後ということもありました。運命を1枚の写真に託した、まさに「写真花嫁」と呼ぶにふさわしい結婚です。

今も昔も写真は重要なツール

カメラやフィルムだけでなく写真技術そのものがまだ貴重だったころ、写真撮影ができるような家柄は限られていました。そのため、結婚相手を決めるとき、お見合い情報として写真を添えられるのは、裕福な家柄だけだったとか。釣り書きと呼ばれるお見合いプロフィールに加え、写真まで準備できたのは、格式ある結婚を望む良家の子女たちだけでした。

正装でお見合い写真を撮るのは、お見合い相手へのアピールだけでなく、写真という特別なものに納まるということからでもあったようです。その名残か、今でも正式なお見合い写真は着物を着て撮影されますね。自分をもっともよく見せるのが、お見合い写真の役目です。現在では逆に、気取らないスナップ写真を添えることも。時代が変わっても、お見合い写真はお見合いの重要なツールといえそうです。

合理的な結婚を支えてきたお見合いシステム

結婚は、今も昔も男女の結びつきを公にし、子孫繁栄、ひいては家の繁栄を約束する大切なものです。形を変えながらも男女は出会い、結婚し、家庭を営み、一家繁栄に貢献してきました。お見合いは、そうした結婚を支える合理的なシステム。人生経験の浅い、若い二人が、自分に合った相手を探す手段としても有効なシステムでした。

相手を自分で探さずとも、周りのお膳立てで出会うお見合いは、現在の結婚相談所や婚活パーティーとも似ていますね。お見合いは、日本人の性格やライフスタイルに合った、現代でも立派に機能する結婚のためのシステムともいえそうです。

 

 

 

参考サイト:

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